6月に入り、関西も梅雨入りしました。昨年の梅雨よりも心なしか雨が多い気がします。
本日6月13日、母が脳出血で倒れて意識が無くなってから、丁度半年経ちました。
コロナの影響で病院に面会に行くこともできず、もうしばらく様子はわかりませんが、母は無事今も生きている様です。
2020年ももうすぐ半分終わりますが、私はどうもこの半年間、時間が止まったままの様な気がしてなりません。
このコロナ禍で皆さんも、多かれ少なかれ同じ様な気持ちなのではないでしょうか?
5月何したかな〜?と思い出すと「あ、家にいたわ」となり
4月は何してたかな〜?と思い出すと「あ、家にいたわ」となります。
もはやその時に観ていたAmazonプライムビデオの内容でしか、過去を思い出せません。2020年、本当に大変な年ですね。
今日は私が日々じわじわと感じている、コロナ禍で闘病中の家族を抱える想いについてお話しようと思います。
全国にたっくさんいると思うんですよね、私たちの様な複雑な想いを抱えたご家庭は・・・ちょっとしんどいなと思っている方々、一緒に乗り越えましょうね・・・!
地味にしんどいこと!
お見舞いに行けない
まずこれですね!やっぱり家族に会えないのは辛いです。
コロナの影響でたくさんの場所が閉鎖されて行けない状況ですが、病院へのお見舞いも同様です。例え家族だとしても、母のいる病院は今は面会禁止です。
患者さんは免疫力が低いので、ウイルスを持ち込んでしまうことは命に関わります。自分がお見舞いに行ったことで命を落とすなんて、そんなこと絶対に嫌だから仕方がないとはわかっています。
でもやっぱり気になるよ!母は元気なの!?
病院に聞けないの?と言われそうですが、申し訳なくて聞けないのが本音です。
病院がとても忙しいことはわかっています。特に母の病院は救急外来があるので、人の出入りも多いのです。
そんな中「様子はどうですか?」という電話をしても迷惑だろうし、他の家族もみんな同じ状況なのだからと思って耐えています。
父は病院に入院費を払いに行く時に母の様子を聞いていますが、いつも「変わりなく、元気ですよ!」と言われるそうです。
特に変りなく過ごしているということに勇気づけられ、その言葉を信じて会える日を待つしかありません。
でも、父も私も、お見舞いに行くと本当に母の小さな変化を見ていました。
・呼吸は苦しそうではないかな?
・手足は浮腫んでいたり、乾燥していないかな?
・以前は物を目で追うようなことがあったけれど、今はどうだろう・・・?
本当に小さな変化を観察して、声をかけ、手を握り、母との時間を過ごしていました。
正直なところ「元気です」という答えだけじゃ、私たちはまだまだ不安なのです。
そして、このまま十分に会えなく、様子がわからないまま容態が急変して、お別れすることになってしまったらどうしよう・・・とネガティブになってしまうこともあります。
一目で良いから会いたいですね。。。会える様になる日が待ち遠しいです。
入院費が高い
人ひとり生かしておくって、本当にお金がかかるんです。
入院費として毎月約11〜12万円かかっています。
高額療養費制度を使っていますが、それでも負担は大きいです。
制度を利用して医療費は約8万円ほどになりますが、この制度には含まれない費用があります。
例えば、入院中の食事や病衣、オムツ代などは減額対象となりません。
母は今流動食ですが、流動食代と毎日取り替えるオムツ代が結構かかります。
この出費が毎月・・・
しかも父は自営業で、今はコロナの影響で仕事がほとんどありません。収入は0です。
そう考えると将来が心配になります。
幸い母は保険に入っていてくれたので、まだ数ヶ月は生きていけそうですが。。。
医療費の問題は、闘病が長くなるとじわじわと家庭を苦しめるので大変です。
母にはいつまでも生きていてほしいと願う一方で、出費がかさむのは苦しい。
自分一人だけ生きていければ良いのではなく、大切な人を支えていけるだけの経済力が無ければ、本当の意味で十分な収入とは言えないのだなと実感しました。
前を向いて過ごすために
辛いと思う気持ちを述べましたが、それでも生きていくしかないんですよね。
時が止まった様な気がしていても、無情にも時は流れているんです。
私も先月26歳になりました。心は17歳のあの頃で止まっている気がするのに、もう9年も経ってるんですね(驚愕!)。いつまでも高校2年生のままではいられません。
私はいつの間にか、両親に守られる立場から、守る立場になるほど、大人になってしまいましたので。
家族と連絡を取り合う
母が元気な頃は母にばかり連絡していましたが、この半年は父とよく電話する様になりました。
晩酌の相手になってあげたり、楽しい話をしたりして、少しでも心の支えになれたらと思っています。
我ながら良い娘です。・・・良い娘じゃないですか!?あれ、当たり前ですか(´・_・`)
こんな時ですから、協力しなくてはやってられませんもの。できる限り良い娘になって、父親孝行できたらと思いながら過ごしています。
父は私が赤ちゃんの頃、熱心に私の育児をしてくれました。母の体が弱かったので、母の分まで私の面倒を見て、よく遊んでくれて、その甲斐あってか私はとてもパパっ子でした。
仕事が大変だったろうに、毎日私のことを笑わせ、私のことを邪険に扱うことは一度もなかったと思います。
べビーメタルが好きで特に父親として威厳がある父ではないですが、ここまで育ててくれたことを思うと、いくらでもベビーメタルの話にも付き合ってあげようと思ってしまいます。
世の中の娘を持つお父様方、たとえ「パパ嫌い」と言われてもその愛情は絶対伝わっているので、頑張ってください。
幸せに過ごす!
母はどんな状況でも、絶対に私の幸せを望んでいるのだと信じています。
家族とはそういうものなのではないでしょうか。家族には幸せで笑っていてほしいと願っています。
だから、私が毎日辛くて不安で泣いてたら、母はそれこそ辛くておちおち寝てもいられないのではないかと。(それで目を覚ましてくれれば良いんですけどね)
なので、母からもらった命を存分に生きるためにも、幸せに楽しく生きなければならないのです。
(仕事は楽しくないけど)習い事をしたり、好きなアニメを観たり、運動したりして、健康な体に感謝しながら楽しく過ごすようにしています。
あとは仕事が楽しくなれば最高なので、今の仕事との向き合い方を考えて、もっと毎日が充実できる様にしていきたいところです。
半年経って思うこと
正直、半年前は6月まで母が存命だとは思っていませんでした。
本当によく頑張ってくれています。
次会えるようになる日まで、なんとか今のまま、頑張ってほしいです。
最近よく母の夢を見ます。夢の中の母は元気で、意識が戻ってよかった、今度ケーキを食べに行こうという話をします。
でもそんな夢を3日ほど見た後、夢の中で「そんなはずはない」と気が付いてしまいました。
あんなに悪かったのに、こんなに元気になるはずない。これは夢でしょ?夢でも、お話できて良かったよ、嬉しいよ。ありがとう。
というと、母は困った顔をしていました。
普段普通に過ごしているように思っても、母のことが心配なことに変わりないです。
きっとこのコロナ禍で、家族に会いたいのに会えないという人は多いと思います。
特に、重い進行性の病気を患ったり、母の様に意識が無かったりする患者さんのご家族は、一瞬一瞬が家族との大切な時間なのに、それを奪われた様に感じてしまうと思います。
それでも私たちが健康を害する訳にはいきません。今はひたすら信じて待つことしか出来ませんが、会えるようになったらすぐ飛んでいけるように、あともう少し頑張りましょう。
あー早く病院行けるようにならないかな!!!
ではまた!
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